序章:挫折続きの人生と工場派遣への流れ
僕はこれまで、何度も仕事を転々としてきた。高校卒業後は地元の工場でアルバイトをしていたが、すぐに辞めてしまった。理由は単純で、作業が合わなかったうえに人間関係もうまくいかなかったからだ。勉強が得意ではなかった僕は大学へ進学する道もなく、「フリーター」という立場を選ぶしかなかった。コンビニや飲食店を点々とする生活を続けているうちに、いつの間にか20代後半を迎えていた。
派手な浪費をするわけでもないのに、家賃や光熱費、食費を払うだけでいっぱいいっぱい。貯金などほとんどできない。そんなある日、友人に借りていたわずかな金額さえも返す当てがなくなり、追い詰められた僕は「寮付き」「即入寮可」という言葉に惹かれ、工場派遣の求人に応募した。家賃の負担を減らせるし、生活を立て直すチャンスかもしれないと期待したのだ。しかし、その甘い見込みはすぐに打ち砕かれることになる。
派遣会社の担当者に言われるがまま、地方の工業団地にある小さな寮に移り住んだ。家具や家電は最低限そろっていたものの、室内は薄暗く、壁は汚れたまま。外からの冷気が入り放題で冬は極端に寒いと聞かされ、実際に住んでみると常に手足がかじかむ状態だった。それでも家賃が安いという理由だけで、他に行く場所がない僕にとっては贅沢は言えなかった。
惨めな日常:低賃金と厳しい労働環境
派遣先の工場は、人気の製品を作る大手企業の下請けだった。ライン作業がメインで、細かなパーツを延々とはめ込むだけの日々。朝は決まって5時起き。バスに揺られて30分ほどで工場に到着するが、到着したころにはすでに肩も腰も痛くなっている。
ラインのスピードは容赦なく、少しでもモタつくと現場リーダーから大声で叱責される。昼休憩はわずか45分。食堂は混雑しているのでコンビニで買ったパンで空腹を紛らわす。昼食が終わればまた作業。無心になってパーツを組み立てていると、そのまま気づけば定時を過ぎている。残業は当たり前だが、残業代はそこまで高くない。しかも深夜まで働かされることも多いので、身体はいつも悲鳴を上げていた。
さらに給料日になっても、手元に残るのはわずかな金額。寮費や食堂での天引き、保険料など諸々が差し引かれた結果、アルバイト時代と大差ない収入しかないのが現実だった。もっと簡単な作業だと思っていたのに、実態は想像以上に過酷だった。「これだったらコンビニバイトのほうがよっぽど楽だったかもしれない」そう思う瞬間が日に日に増えていく。
見えない明日:将来への不安と孤独
「頑張れば正社員にしてあげる」――それが派遣会社から言われた言葉だった。しかし、ふたを開けてみれば、実際にはそんな話はなかったかのようにスルーされている。自分から聞いてみても、「先方次第だから」とはぐらかされるのがオチだ。僕はいつまで経っても派遣社員のまま。何年働いても雇用の不安はつきまとい、将来にまったく希望が持てない。
加えて、人間関係もほとんど存在しない。ラインの同僚とは仕事中に挨拶を交わす程度。寮の住人は同じ工場で働く人たちばかりだが、皆それぞれに疲れ切っているため、寮に戻れば自室にこもりがちになる。気軽に飲みに行く相手もいない。実家の両親とは疎遠で、連絡は年に一度するかどうか。こんな底辺生活を送っていることを知られたくない気持ちが強く、連絡するのも気が引けるのだ。
友人はほとんどいない。学生時代の数少ない友だちも自分よりはましな生活を送っているらしく、SNSを見れば楽しそうな写真が並んでいる。彼らに比べると、自分の惨めさがさらに浮き彫りになるだけだった。
転落の兆し:さらに追い詰められる生活
毎日同じことの繰り返しで、まったく気力が湧かない。そんな中、工場の生産ラインが海外移転するというウワサが流れてきた。もしそれが本当なら、今の派遣メンバーの多くが切られる可能性が高い。正社員ではない僕らに保証などあるはずがない。下手をすれば、突然契約を打ち切られて寮も強制退去。次の行き先を見つけられなければ、ネットカフェや路上に転落する未来も十分にあり得るのだ。
仕事に行くたびに同僚から「またどこか探さなきゃいけないのかな」と不安そうな声を聞く。僕自身も同じ気持ちだ。いざ辞めてから動こうとしても、引越し資金や当面の生活費が工面できるはずもない。結局、「今の職場を辞めても逃げ場はない」という気持ちが強く、嫌な仕事を辞める決断さえできない。逃げ場がどこにもない状況に追い込まれていることを、自分でもはっきりとわかっている。
結末:救いのない現実の継続
こうして僕は毎朝、暗い気持ちを抱えたまま寮の狭い部屋を出て、工場へ向かう。正直なところ、今後の人生にまったく希望が持てない。せめて奨学金を借りてでも大学に行っておけば、別の道が開けたのかもしれない。あるいは、自分を高める努力をしていたら違った人生が待っていたのかもしれない。そんな後悔ばかりが頭をよぎる。
しかし、もうどうしようもない。今の底辺生活が永遠に続いていくような恐怖が、日に日に強くなっていく。親にも頼れず、貯金も作れず、正社員になれるあても見つからない。僕にはもう、この工場派遣を続ける以外に手段がないのかもしれない。そんな暗い感情を抱えながら、また翌朝もライン作業へ向かうのだ。救いなどどこにもない――そう思わざるを得ない現実を抱えたまま、僕はただ生きている。