今回は車の中を住まいにしているDさん(30代・男性)にお話を伺うことができました。都市部から少し離れた地方の郊外に停めた車で寝泊まりしながら、日々のアルバイト代でギリギリの生活を維持しているというのです。正直、想像するだけで厳しい状況だと感じましたが、その生々しい日常は私の想像をはるかに超えるものでした。それではさっそく、彼の体験談をお届けします。
車上生活に陥った理由
自分はDと申します。今は軽自動車を「家」として使っています。最初のきっかけは、働いていた飲食店が閉店し、一度に職と住まいを同時に失ったことでした。もともと寮付きの職場だったんですが、店の経営難で唐突に「来月までに退去してほしい」と通告されて。貯金なんてほとんどなく、家賃や敷金礼金をまとまって用意できない自分には、他に選択肢がありませんでした。
実家に戻る手も考えましたが、もともと親とは折り合いが悪く、頼れる友人もいません。短期間だけネットカフェで過ごしたこともありましたが、パック料金やシャワー代、コインランドリー代がバカにならない。結局、少しでも移動できて一晩中追い出されない場所として、自分が持っていた軽自動車に寝泊まりするという選択をするしかなかったのです。
車上での暮らしの実態
1. 常に“追われている”感覚
車上生活をしていると、まず車の置き場所に頭を悩ませます。スーパーやコンビニの駐車場、街灯の少ない道路沿いなどに停めることが多いですが、どこも長時間車を停めていいわけじゃない。深夜にエンジンをかけっぱなしにしていると、周囲の住民に不審に思われるかもしれないし、ときには警察から職務質問されることもあります。いつ誰かから追われるかわからない恐怖と常に隣り合わせなんです。
車内のスペースは当然限られています。運転席と助手席を倒して無理やり横になるけれど、身体を伸ばして寝ることはできません。狭くて息苦しいし、姿勢が悪いまま寝入るから、朝起きたときは首や腰がバキバキに痛む。冬は特に辛いですね。結露で窓が曇り、シートも湿っぽくなります。それでも毛布をかぶって必死に耐えしのぐしかありません。
2. 衛生面の問題
シャワーは基本的に公衆浴場やネットカフェを利用しています。駅近くに安い銭湯があると非常にありがたいですね。でも、移動にかかるガソリン代や入浴料はばかになりません。食事はコンビニやスーパーの総菜で済ませることが多く、栄養バランスなんてまるで考えていられない。車内で料理ができるわけでもなく、ゴミも溜まる一方です。
洗濯については、コインランドリーに行くお金がないときは、コーラの空きペットボトルに水を汲んで、衣類の汚れをある程度流すというズボラな方法でしのいでいます。洗剤すら惜しむほどの状態なので、ときどき自分の体臭や服のにおいが気になると、周囲に不快感を与えていないか不安になります。
日雇いアルバイトの日々
1. 不安定な収入
今のところメインの収入源は日雇い派遣のバイトです。倉庫内作業やイベントの設営スタッフ、引っ越しの人手不足など、その日のうちに現金を手渡しでもらえる仕事を渡り歩いています。でも、どの仕事も不定期で、ある日突然「今日の枠、もういっぱいなのでキャンセルです」と言われてしまうことも珍しくありません。
収入が途絶えればガソリンを入れるお金もないし、食事だって危うい。精神的に追い詰められる中、何とか頑張って仕事に行っても、体を動かす肉体労働が多いので疲労はたまる一方。寝不足や栄養不足のせいで体調を崩しても、病院に行く余裕もない。悪循環そのものですね。
2. 社会からの疎外感
日雇いの現場には、似たように困窮している人が少なからずいますが、会話らしい会話をする機会はほぼありません。基本的にみんな自分の生活のことで精一杯で、派遣先の現場でも「作業さえきちんとこなしてくれればいい」という感じです。休憩時間にはスマホを見るふりをしてうつむきがちになる人も多く、まるで「誰とも関わりたくない」オーラが漂っているように感じます。
世間は「努力不足」「自己責任」と冷たい視線を向けてくるかもしれませんが、実際に一度転落すると、這い上がるのは想像以上に難しい。学歴も資格もない、頼れる家族や友人もいない。そうなると、こんな車中泊生活がダラダラと続いていくのも仕方のない結末なのかな、と思うときもあります。
孤立と不安
1. 先が見えない将来
このまま車が故障したらどうするのか、ガソリン代すら払えないほどお金が底をついたらどうなるのか。そんな不安は常に頭の片隅にあります。実際、一度エンジン周りのトラブルで修理費が跳ね上がり、一時期はネットカフェを利用する資金すらなくなったことがありました。
夜、車の中で横になるとき、「もし今、自分が死んでも誰も気づかないんじゃないか」とふと考えてしまいます。どこか人気のない駐車場で静かに息絶えても、発見されるまでにかなり時間がかかるはず。自分の存在意義がどんどん薄れていくような感覚にさいなまれ、眠りにつくのが怖くなることもあります。
2. 居場所のない毎日
車上生活をしていると「自分が落ち着ける場所」というものがありません。人と話そうにも会う約束をするお金もなければ、誰かを車に招待するわけにもいきません。公園やファミレスで時間を潰すこともあるけれど、どこに行っても“仮住まい”の感覚は拭えない。人目を気にして長居できる場所なんてそうそうありません。
また、車内での荷物の管理にも苦労します。どこかに停めて離れるときは貴重品を常に持ち歩く必要があるし、荷物を置きっぱなしにするのも不安。気が休まる瞬間がほとんどないんです。
取材者の所感(終わりにかえて)
Dさんの話を聞いていると、ひとたび社会のレールから外れてしまうと、住まいすら確保できないままに追いつめられていく現実がひしひしと伝わってきました。車が唯一の“プライベート空間”とは言っても、それは本来、移動手段でしかない。そこに長期間寝泊まりする暮らしなど、常軌を逸しているように思えます。しかしDさん自身、それ以外の選択肢が見当たらないというのです。
彼には「いつかはちゃんとした部屋を借りたい」という思いもあるそうですが、低賃金のバイトと不安定な生活では先立つものがありません。何より、生活の土台がなく将来の展望も見えないままでは、踏み出す気力すら湧いてこないのだと感じました。
私が話を聞き終えて車の外に出るとき、Dさんは一人きりでエンジンを切った車内に戻っていきました。その光景を見つめると、まるで暗い路地の奥に沈み込むように感じられ、ひどく胸が痛みました。車が壊れたり、仕事が見つからなかったりしたら、彼はどうやって生き延びるのだろう。そんな疑問を抱きつつも、このまま救いのない生活が続いていく予感しかない――それが率直な感想です。